28 November 2025
「働き方の未来を考える」— クリエイティブ現場の“勇気ある行動”
Peace Pirates “Work & Life Balance in Production” イベントレポート
TBWA\HAKUHODOには、Peace Piratesという、DE&Iについて関心ある社員が組織横断で集まった有志のグループがあります。2020年からの活動開始以来、社員の声を拾い、ボトムアップ型で取り組んできた活動を通じて、人事制度やオフィス環境にポジティブな変化を促してきました。
そんなPeace Piratesが、2025年10月、社内トークイベント「Work & Life Balance in Production 〜広告と映画/映像業界の働き方の未来を考える会〜」を実施。 社外からもゲストを迎え、広告界・映画界でそれぞれ異なる立場の5人が、業界がいま直面している「働き方」への課題をテーマにトークを展開しました。
<登壇者>
細田高広(TBWA\HAKUHODO CCO)
深津広孝(TBWA\HAKUHODO Head of Content Production)
浜嶋祐衣(TBWA\Media Arts Lab Tokyo Senior Producer)
伴瀬萌さん(AOI Pro. エンタテインメントコンテンツプロデュース部 プロデューサー)
福間美由紀さん(分福 プロデューサー)
短編映画『ラストシーン』の現場から始まった
本イベントの出発点となったのは、是枝裕和監督が手がけた、iPhone 16 Proで全編を撮影した短編映画『ラストシーン』 の現場でした。この作品に参加した浜嶋は、このキックオフミーティングを忘れられない出来事として振り返ります。
浜嶋「打ち合わせの冒頭、是枝監督がスッと立ち上がって、『僕が関わるプロジェクトではパワハラ・セクハラを許しません』と宣言されたのです。現場のトップがキックオフでハラスメントにNOをはっきりと示したことに、衝撃を受けました」
ファシリテーションする浜嶋祐衣(TBWA\Media Arts Lab Tokyo)
撮影現場には、AOI Pro.のプロデューサー・伴瀬萌さんとそのパートナーも参加していました。
伴瀬さん「夫はもともと是枝組のスタッフでしたが、監督から、この作品でも夫をスタッフとして起用したいと言われたときは、とても嬉しかったです。ただ、その時に条件としてお伝えしたのが、“私たちの2歳半の子どもを含めて受け入れる体制を作れること”でした」
周囲の理解を得たうえで、ベビーシッターサービスに協力を依頼し、現場託児を実現しました。
伴瀬さん「6日間の撮影のうち4日間、現場で子どもを見ていただきました。撮影中はシッターさんと過ごして、お昼はスタッフと一緒にごはんを食べて、撮影が終わったら私たちと一緒に帰る、というスケジュールでした」
浜嶋「この『ラストシーン』では、そんなシッターさんも作品をつくるチームの一員と位置付け、エンドロールにお名前が入っています」
伴瀬さん「でも、現場託児が“最終ゴール”ではないこともお伝えしたいです。毎日帰って家で子どもと一緒にご飯を食べて寝る、という暮らしをすることが、個人的には目指したい未来です。とはいえ、映画の現場には、どうしても夜や休日の撮影もあります。現場でのシッターさんは、そんな事情にも寄り添ってくださるありがたい存在です」
伴瀬萌さん(AOI.Pro)
海外の現場から見えた「環境改善」の兆し
映画『真実』(2019年公開/日仏共同制作)のプロデューサーも務めた福間美由紀さんは、フランスでの制作経験が大きな転機になったと話します。
福間さん「『真実』の制作当時、日本の映画業界では労働環境についてほとんど議論もされておらず、私自身も仕事と子育ての時間は分けていて、生活の悩みは個人が家庭の中で対処するものだと思っていました。一方でフランスの現場は労働時間が決まっているのがまず驚きでした。国による保育の支援、フリーランスの支援も充実していて、女性スタッフがたくさん働いていました。環境を改善すれば、出産・子育てでキャリアを断絶しなくてもよいということは大きな気づきでした。私に当時5歳の娘がいると分かると『ぜひ連れてきて』と背中を押してくれました」
こうした問題意識も背景に、2023年には映画制作の働き方や環境改善を目的とした『日本映画制作適正化機構(映適)』が発足。適正な労働環境で作られた映画には『映適マーク』が付与されるようになりました。さらに、ハラスメント防止のためのトレーニングの受講を必須にしている企業もあります。
福間美由紀さん(分福)
福間さん「2019年の調査により、現場の長時間労働、ハラスメントの実態が明らかになり、作り手の側からも『現場の労働環境を変えないといけない』という声が自発的に上がりました」
是枝監督をはじめ、海外での制作経験をもつ監督や、女性・若手の監督たちが有志で立ち上げた『action4cinema』は、日本版CNC(フランスの国立映画センターのような組織)の設立を求めて活動を続けています。
福間さん「日本では収益を再分配する考え方に理解が得られない部分もあり、日本版CNC設立は実現できていませんが、2024年から国とも連携して現場の支援を行う動きも生まれていますので、環境改善を含めて今後一歩ずつ前進していくと思います」
親として現場に立つということ
両立という2文字には収まらない悩み
伴瀬さん「いまの私には大きな悩みが2つあります。1つは、子を持つ母として現場に立つこと。子どもが保育園にいる間に仕事を終えられるか、毎日小さな葛藤や悩みがあり『両立』という2文字には収まらない戦いがあります。
もう1つは、プロデューサーとして、『映適』を守った環境を作らなければいけないこと。決められた時間を超えて『あと1カット撮りたい』と相談されることもあります。そんなとき、現場を守るはずのルールが逆に“敵”のように思えてしまって、歯がゆくなる瞬間もあります。生活と仕事の悩みが散らかっているのが、今の私の状態です」
ロールモデル不在の中での復職
福間さん「私が復職した時は、身近にロールモデルがなく本当に手探りでした。是枝監督とは都度会話しながら、出産前と変わらない信頼関係で海外を含めて大事なプロジェクトを任せてもらえたことで、モチベーションを維持できました。
娘が幼い頃は深夜3時に起きて仕事をする日々で、今となっては後輩には勧められません。一方で多岐に渡る自分の仕事を責任もって全うするために、そういう働き方をせざるを得なかったなとも思うのです。
今は業界全体の意識も仕組みも大きく変わりました。撮影時間の制限があることで集中力が高まりいい空気が流れたりするのを感じますし、ワークライフバランスについて話す機会も増えました。家族との時間が大事だと捉える若者が増えていますし、私自身も思春期にさしかかった12歳の娘と向き合う時間を大切にしています」
子どもの言葉に救われた瞬間
福間さん「娘が幼い頃、保育園のお迎えが最後の1人になる日が続き、一方で夜のミーティングやロケを私だけが中座したりと、子育ても仕事も中途半端だと感じたことがありました。ぽろっと娘に『早く帰れるお仕事に変えようかな』とこぼした時に『ママは映画の話をしてる時、楽しそうだから、やめない方がいいんじゃない』と言ってくれたのです。仕事は家族や同僚や色々な人の協力や理解があって、はじめて成り立つのだと感じます」
日本と海外、プロフェッショナルとしての働き方
日本のクリエイティブ業界は仕事をすることが時間と密接に繋がっており、『時間をかけるほどいいものができる』という考え方が根底に潜んでいます。そこで、多くの女性プロデューサーが活躍している海外と日本を比較して『プロフェッショナルとは何か』を改めて考えてみます。
深津広孝(TBWA\HAKUHODO)
深津「アメリカでは、多くの女性プロデューサーが活躍しています。その理由は、制作プロセスの違いにもあるのではと思い、日本の広告会社の一般的なプロセスとの違いを整理してみました。
たとえば、企画段階の進め方。日本では、クリエイティブ・営業・プロダクションが集まり、複数回の長い打ち合わせを重ね、クライアントへの提案もほぼ全員で行うのが一般的です。いっぽう、アメリカでは、コピーライターとADのペアごとにコンセプトをつくり、CDと短時間で打ち合わせを行い、クライアントへの提案にはCDと営業だけが出席するスタイルです。
日本と比べると、アメリカの方が制作全体の期間は長いのですが、打ち合わせに参加する人数を絞っている分、1人あたりの拘束時間は短くなります。日本は『みんなで一緒に考える』文化がある分、どうしても工数が増えてしまいます」
見た目のダイバーシティと、構造のギャップ
細田「私もアメリカで仕事をしていた当時、女性のプロデューサーがたくさんいて、一見するとダイバーシティが進んでいるように見えました。でも、コピーライターとADのペアで企画を出すとき、男性同士のペアの方が、女性がいるペアよりも企画が通りやすかったのです。男性同士のペアの方が長時間働けますから。
そして、CDは男性ばかりで、スケジュール管理をするプロデューサーは女性が多数でした。全体としては男女とも活躍しているように見えても、その内側の構造は必ずしもフェアではなかったのです。このような歪みをなくすために、アメリカでも改善が続けられています」
細田高広(TBWA\HAKUHODO CCO)
仕組みと意識をどうアップデートしていくか
細田「“頑張った人が報われる”というシステムのままだと、長時間労働はなかなか改善されません。いっぽうで、『1日8時間以上働くな』と一律に決めてしまうと、もっと働きたい人はどうするんだ、という歪みも出てきます。
私たちは “Good Enough Is Not Enough”(これで十分、なんて不十分)というバリューを掲げてきましたが、それをどうアップデートしていくべきか、個人的には考え始めています。『いいものを作った人が勝ち』のままだと、“仕事にかけた時間=評価”という構造から抜け出せない。子育て、介護、病気、さまざまな事情を抱えたメンバーがいる中で、どう最適なチームのあり方を作っていくか。結局は、一人ひとりと向き合いながら、対話を続けていくしかないのだと思います」
海外と日本、それぞれの強みと課題
福間さんも、海外の現場と日本のスタイルの「いいところ・難しさ」の両方を指摘しました。
福間さん「海外は部署と監督が直接話し、他の部署のスタッフにはプロデューサーから共有するので、役割に専念する時間が長くなります。限られた時間で最大限のパフォーマンス、クオリティを発揮するのがプロフェッショナルだというマインドを持っていると感じます。
また、労働環境を適切に守りながら、クオリティを最大限上げていくには十分な予算が必要です。『映適』のルールでこれまでと同じクオリティの作品を作るのには1.5倍程度の予算が必要だと言われています。予算を底上げするために、プロデューサーとして多様な資金調達の仕組みを考えていかなくてなりません」
“Don’t Do the Right Thing, Do the Brave Thing.”
イベントの最後に、「action4cinema」が提供している「ハラスメント防止ハンドブック」に描かれた、船に乗り込むクルーのイラストが紹介されました。
(出典:action4cinema)
浜嶋「映画と広告では航海の長さは違うかもしれませんが、荒波を乗り越えながら、いろいろな乗組員と一緒に“いいもの”を作ることは同じです。舵を取る人がクルーの声に耳を傾け、その選択を尊重することが大切だと思います。
TBWA\CHIAT\DAYの伝説のクリエイティブディレクターであるリー・クロウの有名な言葉に「Don’t Do the Right Thing, Do the Brave Thing(正しいことをするのではなく、勇気ある行動を)」があります。勇気あるアイデアや行動こそが、問題を可視化し、議論を生み、変化を起こしていくのだと思います。
今回のイベントを実施するにあたり、事前に育児や介護をしている社員の皆さんに多数のヒアリングを行いました。その中で、『男性だから子どものお迎えに行くのが恥ずかしい』『お迎えに行くために打ち合わせに出られないことで評価が下がるのではないかと不安』などの正直な悩みを打ち明けていただくことがありました。こうした本音を職場で話すことは、とても勇気のいることです。
伴瀬さんが『ラストシーン』で現場託児を実践されたこと、福間さんがルールのない中で是枝監督と対話を重ねながら現場を変えようとしてきたこと、細田さんや深津さんが、働き方そのものを変えようとしていること。それらは全て“勇気ある行動”だと思います。
その勇気ある行動が、世の中の当たり前をディスラプトしていくアイディアをうみだしていたくと思うので、そんな一人ひとりの勇気あるチャレンジを後押しできるように、Peace Piratesは社内のさまざまな人やチームと手を取り合って、アクションを進めていきます」
終わりに
今回のトークイベントで浮かび上がったのは、「制度」だけではなく、「文化」として働き方を変えていく必要性でした。
広告も映画も、その根底にあるのは「あらゆる制約の中で、チームで何かをつくる」という営みです。TBWA\HAKUHODOは、これからも、会社や業界の垣根を越えた対話を続けながら、“Brave Thing”を選び取る人たちとともに、働き方の未来を模索していきます。
Peace Piratesは、今後も「働き方」や「多様性」をテーマにしたイベントを企画していきます。これからの活動にも、ぜひご注目ください!