世界の広告はどこへ向かう? カンヌライオンズ2025が示す「本質と共創」の時代

30 July 2025

世界の広告はどこへ向かう? カンヌライオンズ2025が示す「本質と共創」の時代

世界最大の広告・クリエイティビティの祭典「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル2025」が南フランスで開催されました。本格的なAI時代に突入し、世界の広告・クリエイティビティも新たな局面を迎えています。現地に参加したメンバーが目撃した「今年のカンヌ」と、そこから見えてきたクリエイティビティの本質についてお届けします。

カンヌライオンズ授賞式

カンヌライオンズ授賞式

はじめに:カンヌでの私たちの成果

今年は、私たちが企画・制作した日本マクドナルドの採用キャンペーン「No Smiles」がCreative Effectiveness部門で銀賞を受賞しました。この部門は、過去3年間にカンヌで受賞歴がある作品のみが挑戦でき、かつ「実際の社会的・ビジネス的成果」が厳しく問われるハイレベルなカテゴリです。この銀賞受賞は、単なるアイデアの斬新さを超え、結果に結びつく本物の仕事を追求してきた成果だといえます。

さらに、「Pride Code」(Design部門)、「The Symphony Plotter」(Digital Craft部門)、「Smart Eye Camera」(Pharma部門)の3作品がショートリストに選出。カンヌライオンズでショートリストに残るのは全応募のわずか10%前後。専門性の高い部門で世界上位10%に選ばれたことは、当社のクリエイティビティが国際的に認められた証です。

TBWAグローバル全体では、Telstra、Apple、Paris 2024などの作品がグランプリを獲得し、合計25個のLionを受賞しました。
TBWAの受賞作品一覧はこちら

会場に展示された「No Smiles」(銀賞受賞)

会場に展示された「No Smiles」(銀賞受賞)

レッドカーペットでトロフィーと共に

レッドカーペットでトロフィーと共に

世界96カ国から集まる、クリエイティビティの最前線

今年のカンヌライオンズには、世界96の国と地域から26,900件ものエントリーが集まりました。 広告会社だけでなく、広告主である企業のCMOやCEOなど、ビジネスの最前線を担う人々も多く集まり、連日、最新トレンドや挑戦的な事例が共有されるセッションや展示が行われます。

そんなカンヌは、単なるアワードの場ではありません。世界のクリエイティビティの「今」と「これから」を学ぶ場として、今年も大きな注目を集めました。

メイン会場、通称「パレ」前には多くの人が集まる

メイン会場、通称「パレ」前には多くの人が集まる

現地参加メンバーが目撃した「今年のカンヌ」

当社からも、エントリー作品に関わったメンバーを中心に複数のメンバーが現地へ足を運び、それぞれの視点で“今年のカンヌ”を体感しました。
以下に、4名の参加メンバーからのレポートをご紹介します。

そこに、SCALEさせる野心はあるか?

世界の広告はどこへ向かう? カンヌライオンズ2025が示す「本質と共創」の時代

鈴木 賢史郎 クリエイティブディレクター

暗い。狭い。寒い。おまけにピリピリしている ー 私は会期中の大半を、そんな小さなシアターで過ごしていた。地中海が目前に広がるビーチとは真逆なその場所には、世界中から「未来のエージェンシーのヒント」が集まっていたからだ。

Titanium LionsとInnovation Lions。どちらも、Creativityでこの世界を変革する「壮大な社会実験」を評価する部門だ。

メダルをかけたプレゼンテーション。ステージに立てるのはたった2人。10分で発表し、審査員からの矢継ぎ早の質問にパーフェクトに答えなければならない。「ショートリスト」という難関をくぐり抜けた彼らのプロジェクトは、世界中で話題になった建築物や、既に誰もが使っている電子機器など、そうそうたるものばかり。

その中でグランプリやゴールドのメダルを勝ち取ったプロジェクトに共通するもの。それは、野心であった。

どれほど強く、そのアイデアを世界に広げようとしているか?

審査員からの質問の多くも、SCALEへの野心を問うものだった。

1回だけ。1箇所だけ。1社だけ。1年だけ。そういったプロジェクトは、勝ち残れなかった。そこに、未来のエージェンシーのあり方を見つけた。

私たちが考えるアイデアは、実施するごとに大きく膨らんでいくものか? みんなが進んで巻き込まれていくものか? 次世代が受け継ぎたいと思えるものか?

この視座を持つことが、クライアントの事業創造パートナーとして必須なのだ。メダルを勝ち取ったプレゼンテーターの多くが、同じ熱量で語るエージェンシーとクライアントのペアだったところにも、それが色濃く現れていた。

観客を、共創者に変える時代へ。

世界の広告はどこへ向かう? カンヌライオンズ2025が示す「本質と共創」の時代

水本 隆朗 アートディレクター

今年のカンヌでは、ファンや一般クリエイターが主役となるクリエイティブの力強さが随所に現れていた。企業やエージェンシーが「一方的に届ける」のではなく、「共に創る」ことがあたりまえの時代へと、確実に舵が切られていると感じた。

たとえば「Vaseline Verified」は、SNS上にあふれるヴァセリンの都市伝説的な使い方を、ブランドがクリエイターと協力しながら科学的に検証し、Verifiedとして発信したプロジェクト。生活者とともに知恵を育て、信頼を可視化する試みが、チタニウムライオンを含む複数部門で高く評価されていた。

「Sounds Right」は、地球そのものをアーティストとしてクレジットするというコンセプトのもと、風や波、森の音をアーティストがサンプリングし、楽曲に展開していくプロジェクト。Spotify上ではリスナーもその楽曲を聴くことで地球保全を支援できる仕組みとなっており、まさに地球 × アーティスト × ユーザーが共創する音楽体験が実現されている。

この流れはエンタメ領域にも広がっており、「Dungeons & Dragons: The Lost Episode」では、未完のアニメをファンの考察をもとに復活させた共創型ストーリーが誕生し、「Abracadabra: From Fan to Featured」では、Lady GagaのMVにファン自身が出演。夢の実現をブランドと共につくりあげた。

いずれの事例も示しているのは、「つくり手は企業やプロフェッショナルだけではない」という現実。観客がいつでも共創者になりうる世界で、私たちエージェンシーはどう関わるのか?
熱狂は、一緒につくるからこそ生まれる。その起点を仕込めるかどうかが、これからのエージェンシーの真価だと、改めて思い知らされた。

コメント欄は嘘をつかない

世界の広告はどこへ向かう? カンヌライオンズ2025が示す「本質と共創」の時代

大石 将平 クリエイティブディレクター

オーセンティシティー(authenticity:真実性)がカンヌのトレンドになっている。そのアイデアは本物か?本当にワークしたのか?実に見事なアイデアだろうが効いていなければ意味がない。クリエイティビティの存在意義とは、目的に向かって、早く、鋭く、強く、刺さるか。そんなメッセージを南仏から持ち帰った。

私がショートリストジュリーを務めたソーシャルアンドクリエイター部門で、審査委員長がこんなことを言っていた。「私たちはコメント欄まで見ている」と。そのコミュニティが本当に動いたのか。審査の過程で何度も確認したという。自国のキャンペーンでなければ、肌感覚としてインパクトはわかりづらい。リザルトの結果もどこまで信用していいものか。しかし、コメント欄は作れない。ありのままの反応がそこにはある。

「上位の作品は、スクロールすればするほど、興味深いコメントがでてきた」とも言っていた。多種多様な人がいるソーシャルにおいて、多種多様な楽しみ方がある。彼ら自身が見つけていく。コミュニティやクリエイターと作り上げる施策の先にマスを巻き込む力があるか。そんな仕事が本部門での理想的な姿なのかもしれない、と感じた。

最大級の出品数があった本部門が意味するのは、ソーシャルメディアと無関係なキャンペーンなど存在しないということ。嘘や脚色は通用しない。ある意味、とてもフェアな時代。すべての仕事にチャンスがあると感じた。

「じゃ、契約書変えましょう。」

世界の広告はどこへ向かう? カンヌライオンズ2025が示す「本質と共創」の時代

宮崎 琢也 アートディレクター

カンヌで強く印象に残ったのは、AXAの「Three Words」キャンペーン。

住宅保険の契約文に「and domestic violence」という三単語を加えただけで、DV被害者が緊急避難できる権利を保障したというもの。予算規模やアウトプットの華やかさではなく、“契約”という仕組みに静かに介入することで、命を守る制度を動かした点が素晴らしい。

広告の仕事は何かをつくることだ、という意識が、私たちの中に根強くある。だからこそ、大きな予算を使って何かを生み出すことに価値を置きがちだ。でもこの事例は、真摯に課題に向き合えば、つくらなくても “変える”ことで課題を解決できることがある、ということを示してくれた。

「一休さん的最善手」で、課題の本質を見極め、既存のルールの中にこそ突破口があると気づけるかどうか。

これからのエージェンシーに求められるのは、派手な演出ではなく、「何を変えれば社会がよくなるか?」という問いを立て、その最短距離で世界を動かす想像力と実装力。

私たちはもっと、 “作る前に考える”ことを大事にしていきたいと、強く感じた。

「何を作るか」じゃなく、「何を変え、誰と広げていくか」

4人のレポートから見えてくるのは、大きく2つの軸。
「広がりと共創の力」、そして「本質的な効き目と変化」です。

鈴木と水本が語ったのは「広がりと共創」の重要性。鈴木は、アイデアは一度きりの花火で終わらせるのではなく、社会に広がり、持続的に成長していく力(SCALE)を持つべきだと強調しました。水本は、ブランドが一方的に届けるのではなく、生活者やファンと一緒に物語をつくる「共創の起点」を創造する重要性を語っています。この2つの視点は、どちらも「人々を巻き込み、広がり続ける仕組み」を重視している点で共通しています。

いっぽう、大石と宮崎は「本質的な効き目と変化」を語っています。大石は「オーセンティシティ」をカンヌの重要な潮流として挙げ、表面的な演出ではなく、生活者のリアルな共感や信頼を得られるかがキャンペーンの価値を決めると指摘します。宮崎も、派手なアウトプットよりも、既存の仕組みに介入し“変える”ことで課題を解決するほうが本質的だと語ります。2人の視点には、見せかけではなく実効性を伴った本物の価値を追求する姿勢が共通しています。

こうして4人の声を重ね合わせると、浮かび上がるのは「何を作るか」よりも、「何を変え、誰と広げていくか」。これこそが、これからのクリエイティビティの鍵という共通のメッセージです。

AI時代にカンヌが投げかける「本当に意味ある価値を生んでいるのか」という問い

今年のカンヌライオンズでは、一部のグランプリ作品が受賞取り消しになるという異例の出来事もありました。 AI生成・加工された映像を用いて本来は実在しない成果を提出したため、事実の捏造に該当すると判断され、グランプリと関連する全受賞が取り消されたのです。

テクノロジーによって「すごそうに見せること」は以前よりも容易になりました。だからこそ、表層的な派手さではなく、実際に社会や人の行動を動かす「本質的な価値」を追求することが、これからますます求められます。

今年のカンヌは、「本当に意味ある価値を生んでいるのか」という本質的な問いを、私たちに改めて投げかけました。

学びを次の挑戦へ。

世界の最前線で感じた潮流や課題を胸に、私たちはこれからも挑戦を続けていきます。